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大阪市内の中学校長の卒業式における発言が賛否を呼んでいる。
発言の趣旨としては、「女子はこどもを二人以上産むべきだし、男子もしっかり子育てに参加し、育ててくれたことへの恩返しをするべし。こどもが産めなくとも、里親になるなど、子を育てることはできる。そして、勉強をしっかりすること」に集約されるのだが、発言されるやいなや、賛否の声が上がった。「生き方を強制されるいわれはない」「個より公の発想が優先されたアナクロだ」、「言ってることはそれほど間違っていないと思う」「国の将来のことを考えた発言だ」などなど…。
個人的には賛意を表したい内容である。ただし、問題はやはりその表現力にあったのだろうと思う。

今後、人口減少が目に見えて明らかな日本社会において、政治は何らの具体的な解決策を提示しないまま過ごしている。人口減ならそれで良いと達観するのも一つの考え方かもしれないが、日本の場合それで済まされないところに問題がある。
他のどの世代よりも突出して多い、いわゆる団塊の世代が70歳代を迎えた。彼らの面倒を見ないと行けないのは、私たち若年層だ。高齢者を支える人口が少ないために、社会保障の負担額は増える一方だ。そこへきて、我が国は超高齢社会にもなっている。悪循環の中に私たちは生きている。
よって、今後も増え続ける高齢者を支えるためにも、分母はある程度確保しておかなければならない。外国人労働者や移民を悪びれずに歓迎し、人口を補填しようなどと考える現政権は論外だ。

この校長は、日本人がいなくなることへの危機感から冒頭の発言をしたものと思う。これは正論だし、そして単に女性にだけ子育てを押しつけようとも言っていない。男子も積極的に関わるべきだと踏み込んだのは、「昭和のおっさん」的な発想ではなく、むしろ現代的な感覚だろう。
ただ、聞きようによっては、「産むべき」「育てるべき」との下りに違和を覚える人もいるのかもしれない。「べき論」は、当人の思惑に誘導するために相手の行動・思考を制限する性格上、良くも悪くも反感を生みがちだ。
校長は、「世論」の圧力で退職する方向だという。本人は、恐らく生徒に「こう生きなければダメだ」と強制しようという意図はあまりなかったように思う。彼なりの送辞だったのだ。彼の発言の真意を少しでも理解してくれる生徒がいれば、と願う。
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