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文科省が国立大学の人文系学部・大学院、規模縮小への転換の素案を提示したという。人文学部系の学問分野は、これからますます図書・研究費が削減されることだろう。とんでもない筋違いな方針だ。
ここ10年ほど、日本の学問傾向が実学偏重になってきていたが、最近になりこの傾向が極度に進行している。日本には、もう人文学は必要ないのだろうか。

そもそも、人文学は医師薬理工系のような、研究成果が日進月歩で更新されるような、スピードが要求される分野ではない。
たとえば、歴史学だと鎌倉幕府の成立は、長らく西暦1192年が定説とされてきたが、近年になりようやく諸説現れるようになってきた。また、国文学の世界だと、『平家物語』の成立を巡っても、議論百出の状況が続いていて、結論は今なお出ていない。人文学は、そのほとんどの分野で、成果が出るのに時間がかかるものなのだ。否、その積み重ねを丹念に辿り直すことに意義がある。
しかも、そうした結果の多くは、「カネ」にはならない。政府・文科省の今般の提示とやらは、すぐに「カネ」に直結しない人文学に対するイヤキチに近いもののように思う。
確かに、以上のようなことを明らかにしたところで、実利には反映しずらいし、私たちの生活が物質的に豊かになるものでもない。

しかし、こうした人文学の研究にこそ、実は私たち日本民族の精神・文化の維持向上に計り知れない影響を及ぼすのである。そしてそれは、明日にでもすぐに役に立つというものではなく、民族の遺伝子として永く継承していかなくてはならないものでもある。毎日上書きされるような、即物的な研究分野とは、およそ厚みも深さにも雲泥の差があるといっても過言ではない。現在青息吐息の人文学に携わる人びとも、どこかで諦めていないか。自らが携わる分野が、いかに日本人の文化・歴史に大きく寄与しているかということを。
国語を学び、歴史を尊び、文化を護持し、先人を愛する。これこそ、国の堅めというのではないのか。

当ブログにあえて記事にしたのは、他にも理由がある。それについては、また日を改めて記したい。
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