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最近、あるお寺の催しに参加している。毎月あるテーマをもとにざっくばらんに話し合おうというもので、テーマも政治から下世話な話まで幅広い。参加・退場も自由。議論は時に白熱するときもある。それだけ、皆日々色んなことを考えて生きているのだ。楽しいし、また頼もしい。
ちなみに、通算で15年ほど継続しているらしい。ともすれば、こういう緩やかな集まりは、いつの間にか解消されていることが多いものだ。緩く長く、とは簡単に言えるが、そこには主宰者(ここでは、ご住職)の固い意志がなければ、やはり無理だ。フランクな集まりとはいっても、その熱を継続し得ているのは率直にスゴイことだと思う。
この際「何もお寺なんかで…」などとカタいことをいうのはよそう。生臭の、あほんだらの坊主も山のようにいる。けれども、きちんと、本気で社会と向き合って苦闘している僧侶も、同じく山のようにいる。身内にしか通じない専門用語で自己称讃し合っているだけの集まりに留まっているくらいなら、色んなところに出て、気負わずにあれこれ議論する…どの世界にも言えることだ。
このお寺では、社会との接点を失ったら、自らがダメになるという危機感があったからこそ、この催しを続けてこられたのだ。

で、先日もその集まりに行ってみたが、お題は何と「国防について」。昨今の政情も反映されているのだろう、刺激的な話が展開された。
そもそも、「クニ」とは何か。何を「守る」のか。私は自分なりの回答は持っているつもりだが、参加者それぞれの国家観が聞くことができたのは面白かった。そして、皆きちんと国のことについて、温度差はあれ、きちんと考えている。結構感激した。そこでやはり思う。私たちの考えている国家観も、多様な見方の一部分に過ぎず、それを全体に敷衍するのは不可能だ。もちろん、理想は高い方がいい。でも、こうしてあれこれ色んな価値観を共有できるのも、また我が国の良い部分ではないのか。この雰囲気もまた、守っていかなければならない。
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