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2015.05.11 楠公祭

昨日、大阪府は北摂の島本町で、「楠公680年祭」が催行された。晴天の下、桜井驛跡公園(楠木正成が、子の正行と今生の別れを告げた地で、昭和10年の600年祭の時に記念公園として整備され現在に至る)にて、合唱に和太鼓、コーラスなど思い思いに歌声が響き渡った。皆で「楠公の歌」を歌い、胸が熱くなる催しだった。

一頃、政治的にも特殊な色彩を放つ北摂の地でこういう趣旨のイベントをやろうものなら、「右傾化だ」「戦時中か」など、散々に批判されただろうに、今となっては心ある国民が中心となり行政が後援となるまでになった。時勢もあるのかもしれないが、しみじみ地元に生きる人間にとっても「変わったよなぁ」と感じざるを得なかった。

次は、690年だろうか…いつになるかは未定だろうけど、歴史の先人を慕い、学ぶことはやはり大切な作業だろう。歴史への過度な賛美は慎むべきだが、身近に「楠公さん」の精神を偲ぶひとときはあっても良いだろう。


「楠公の歌」
落合直文 作詞、奥山朝恭 作曲。明治36年発表

-桜井の訣別-

1.
青葉茂れる桜井の
里のわたりの夕まぐれ
木の下陰に駒とめて
世の行く末をつくづくと
忍ぶ鎧の袖の上に
散るは涙かはた露か

2.
正成涙を打ち払い
我が子正行呼び寄せて
父は兵庫に赴かん
彼方の浦にて討ち死せん
汝はここまで来つれども
とくとく帰れ故郷へ

3.
父上いかにのたもうも
見捨てまつりてわれ一人
いかで帰らん帰られん
この正行は年こそは
未だ若けれ諸ともに
御供仕えん死出の旅

4.
汝をここより帰さんは
我が私の為ならず
おのれ討死為さんには
世は尊氏の儘ならん
早く生い立ち大君に
仕えまつれよ国の為

5.
この一刀は往にし年
君の賜いしものなるぞ
この世の別れの形見にと
汝にこれを贈りてん
行けよ正行故郷へ
老いたる母の待ちまさん

6.
共に見送り見返りて
別れを惜しむ折からに
またも降りくる五月雨の
空に聞こゆる時鳥
誰か哀れと聞かざらん
あわれ血に泣くその声を

-敵軍襲来-

7.
遠く沖べを見渡せば
浮かべる舟のその数は
幾千万とも白波の
此方をさして寄せて来ぬ
陸はいかにと眺むれば
味方は早くも破られて

8.
須磨と明石の浦づたい
敵の旗のみ打ちなびく
吹く松風か白波か
よせくる波か松風か
響き響きて聞ゆなり
つづみの音に鬨の声

-湊川の奮戦-

9.
いかに正季われわれの
命捨つべき時
死なでながらえば
死するに勝る恥あらん
太刀の折れなんそれまでは
敵のことごと一方より

10.
斬りてすてなん屠りてん
進めすすめと言い言いて
駆け入るさまの勇ましや
右より敵の寄せくるは
左の方へと薙ぎ払い
左の方より寄せくるは

11.
右の方へと薙ぎ払う
前よりよするその敵も
後ろよりするその敵も
見ては遁さじ遁さじと
奮いたたかう右ひだり
とびくる矢数は雨あられ

12.
君の御為と昨日今日
数多の敵に当たりしが
時いたらぬをいかにせん
心ばかりははやれども
刃は折れぬ矢はつきぬ
馬もたおれぬ兵士も
13.
かしこの家にたどりゆき
共に腹をば切りなんと
刀を杖に立ちあがる
身には数多の痛矢串
戸をおしあけて内に入り
共に鎧の紐とけば

14.
緋おどしならぬくれないの
血潮したたる小手の上
心残りはあらずやと
兄のことばに弟は
これみなかねての覚悟なり
何か嘆かん今さらに

15.
さはいえ悔し願わくは
七度この世に生まれ来て
憎き敵をば滅ぼさん
さなりさなりとうなづきて
水泡ときえし兄弟の
心も清き湊川
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