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2015.03.27 〇か×
yesかnoか。〇か×か。善か悪か。正か負か。・・・反日か親日か。
最近、こういう「どちらかしか認めない」とする風潮が蔓延しているようだ。どちらかにハッキリとカラーリングすることで、自らに「きちんとした立ち位置」にいると言い聞かせ、「世界では、ちゃんとみんな自分のスタンスを言うのだから、コクサイジンたる私たち日本人も、ハッキリとモノを言わないといけない」というところだろうか。
自らを世界に合わせようとするあまり、本来私たちが持っていたはずの民族的性質を忘却していないか。それは言うまでもなく、「いい加減」さだ。もっとも、ここでいう「いい加減」とは、だらしのないルーズな様のことを指しているわけではない。

日本は島国だ。それ故の長所・短所もいくらでも思い浮かぶが、その中の1つとして「いい加減」という性質があると思う。たとえば宗教にしてみても、仏教・神道・キリスト教、最近はイスラム文化への関心も高まっている。私たちは、そのどれか1つだけしか選択肢がない世界には生きてこなかった。うまい具合にどれもミックスさせ、生活にほどよく溶け込ませてきた永い智慧が蓄積されてきた。

戦後70年が経過し、いわゆる国際社会の一員として、物質的に
も精神的にも欧米風にならされてきた私たち。タイトルにもある、二項択一文化は、戦後の精神的産物なのだろうか。

アンケートにもある、「どちらでもない」、シロでもクロでもない「グレー」、〇と×の間、△の領域、そして反日でも親日でもない、「どっちもよく分かる、分かりたい自分」。右でも左でもない、「仲翼」(これはあるブログタイトルからの受け売り)。日ごろ、特定の立場の極点に存在することを自認するからこそ、中間の世界をも大切にしたい。
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