上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
大阪市内の中学校長の卒業式における発言が賛否を呼んでいる。
発言の趣旨としては、「女子はこどもを二人以上産むべきだし、男子もしっかり子育てに参加し、育ててくれたことへの恩返しをするべし。こどもが産めなくとも、里親になるなど、子を育てることはできる。そして、勉強をしっかりすること」に集約されるのだが、発言されるやいなや、賛否の声が上がった。「生き方を強制されるいわれはない」「個より公の発想が優先されたアナクロだ」、「言ってることはそれほど間違っていないと思う」「国の将来のことを考えた発言だ」などなど…。
個人的には賛意を表したい内容である。ただし、問題はやはりその表現力にあったのだろうと思う。

今後、人口減少が目に見えて明らかな日本社会において、政治は何らの具体的な解決策を提示しないまま過ごしている。人口減ならそれで良いと達観するのも一つの考え方かもしれないが、日本の場合それで済まされないところに問題がある。
他のどの世代よりも突出して多い、いわゆる団塊の世代が70歳代を迎えた。彼らの面倒を見ないと行けないのは、私たち若年層だ。高齢者を支える人口が少ないために、社会保障の負担額は増える一方だ。そこへきて、我が国は超高齢社会にもなっている。悪循環の中に私たちは生きている。
よって、今後も増え続ける高齢者を支えるためにも、分母はある程度確保しておかなければならない。外国人労働者や移民を悪びれずに歓迎し、人口を補填しようなどと考える現政権は論外だ。

この校長は、日本人がいなくなることへの危機感から冒頭の発言をしたものと思う。これは正論だし、そして単に女性にだけ子育てを押しつけようとも言っていない。男子も積極的に関わるべきだと踏み込んだのは、「昭和のおっさん」的な発想ではなく、むしろ現代的な感覚だろう。
ただ、聞きようによっては、「産むべき」「育てるべき」との下りに違和を覚える人もいるのかもしれない。「べき論」は、当人の思惑に誘導するために相手の行動・思考を制限する性格上、良くも悪くも反感を生みがちだ。
校長は、「世論」の圧力で退職する方向だという。本人は、恐らく生徒に「こう生きなければダメだ」と強制しようという意図はあまりなかったように思う。彼なりの送辞だったのだ。彼の発言の真意を少しでも理解してくれる生徒がいれば、と願う。
スポンサーサイト
毎日、facebookにログインすると色んな人が色んな情報を発信されている。タイムラインを見ていると、「みんなスゴいなぁ」と感心させられるわけだが、スクロールしていくと、ちょっとしたお遊びのアンケートが目に入ることがある。ほんの軽いゲームのようなものだ。
最近やった中では、「あなたの国民性を診断します」というものがあり、「診断」をクリックしてみると、どうやら私はクロアチア人の国民性に近いらしく、85%がその血なのだとか(笑)。そして、日本人らしい国民性は5%だと…。
クロアチアって、東欧の国程度にしか知らないし、行ったこともなければ知人もいないぞ…。
普段より日本のことについて色々書いているのに、いざ診断となればそんな結果が出るなんて、遊びでもちとショックやなぁ…。

私はれっきとした日本人だ!…あ、そうか、遊びながら民族精神を覚醒させてくれるものだったのか(笑)!
京都市北区にある上賀茂神社。世界遺産にも登録されているし、山城国一宮としても著名だ。しかし、5年前の東日本大震災を受け、3.11に合わせて慰霊祭と同じく原発事故早期収束祈願祭も執り行われていることは、さほど知られていないかもしれない。
慰霊祭はともかくも、原発事故収束祈願祭がなぜ上賀茂で行われているのだろう。同社の御祭神は賀茂別雷大神で「電気の神様」として、いわゆる電力会社からの崇敬を集めてきた。そうした由縁もあり、原電事故の収束を祈るには恰好の神社ということなのだろう。
しかし、この祭祀と理屈には、ややねじれを生じかねない問題があるようにも思う。
原電事故の収束は誰しも願うことだし、当然早期になされなければならない。仮に収束すれば、上賀茂神社は、「安全で、再び事故が起きない原発」を電力会社の「たっての希望」により、祭祀を行うのだろうか。もし、そういう理屈であれば、ちょっと筋が違うだろう。

今さらいうまでもなく、日本の国土は皇土、つまり天皇陛下の御土地である。そこに住まわせていただいている私たち日本人は、皇恩の念を持つ必要がある。
そして、あの震災による原電事故で、同胞が半永久的に住めない土地を作り出してしまったことに対し、私たちは深く考えなければならない。実際、天皇陛下は何度も被災地に赴かれ、同胞の無念を分かち合っておられる。
こうした事実は、当の神社界が一番分かっているはずだろう。3.11で皇土を穢した原発は、その事故の収束はもちろん、一刻も早く撤廃に向けて歩を進めるのが真っ当だろう。
「祈り」という営為も大切だ。しかし、それだけで終わってしまい、喉元が過ぎればまた原発に頼るという発想は、愚かな歴史を繰り返すことに他ならない。
「言挙げせず」の慣習も分かる。けれど、満腔の祈りを捧げつつ、具体的に皇土を回復するための行動を、神社界こそがリードしてほしい。
国連の女子差別撤廃委員会で、いわゆる慰安婦問題における人権性について、日本政府を指弾しているのは連日ニュースで見聞きするところだが、それよりも看過できないのは皇室の男系継承についても「女性差別である」と非難しているところだろう。我が国の歴史を鑑みるとき、皇室の存在というのは欠かせない事柄だ。国際社会としては、なぜ皇室が2700年あまりも連綿と続いてきたのか、およそ理解できないのだろう。

日本は、易姓革命に基づく王朝交代を経験したことがないし、特定の権力者が「国家」を樹立したり、民衆の革命による国民国家も経験したことがない。もちろん、世俗権力による政権交代はずっと続いている。しかし、「国民」を統合する権威としての皇室は、絶対不可侵の存在であったし(確かに脅かされたことは度々あったが、それが滅ぶことはついになかった)、むしろ皇室という権威を中心において民族が発展してきた。既に、私たちは無自覚的に「クニ」の中に生かせて頂いている存在なのだ。
これが、外国から見ればきわめて特異な国家像に映るらしい。外国はそのほとんどが革命や国民国家として成立している。日本国民が皇室を常に中心に考えており、しかもなぜそれが無くならないか、外国の理屈では決してわかり得ないことなのだろう。良くも悪くもガラパゴスなのだ。
皇室の歴史的経緯を顧みもせずに、ただ単に「男系男子だから悪い」というフェミな発想で2700年の歴史に立ち向かうことがそもそもおこがましい。

さて、国連は国際暴力団連合の略のようにも考えて差し支えないと思うが、要は彼らは戦勝国組合だ。戦勝国にとってみれば、(物理的に)負けた日本はいつまでも上から見下せる存在で、脅しのカモに出来ると思い込んでいる。だからこそ、我が国の歴史に無知であっても構わず、上記のような非難も出てくるのである。た
... 続きを読む
2016.03.14 鎮魂 大阪忌
本日、東京大空襲に続き大阪大空襲があった日から71年目を迎える(何度もいうが、本質は大虐殺である)。

世間ではホワイトデーで賑わっているとは思うが、改めてここで、米国による戦争犯罪を検証し、彼の国による謝罪を勝ち取らなければならない。
外来語のイベントで盛り上がるのも結構、だが、それに埋没しきってはいけない。

空襲により命を奪われた御霊に合掌。
2016.03.11 追憶 東北忌
本日、東日本大震災にて被災された全ての同胞に対し、御霊の安らかならんことを心よりお祈り申し上げる。合掌十念

弥生11日
大東亜青年倶楽部
2016.03.10 鎮魂 東京忌
我が国にとって、今日と明日は決して忘れてはならない日となっている。
本日は71年前の東京大空襲(その本質は大虐殺だ)、一晩中帝都が米軍機によって焼き尽くされ、10数万人の同胞が犠牲になった。本土空襲が本格化するきっかけとなったのが、本日の東京大虐殺である。ほんの少しでもいい、一日のどこかで同胞の御霊に合掌十念を捧げよう。
そして、今日にまでいたる米国の蛮行を、残酷な空襲と原爆を身をもって知る私たちこそが糾弾し続けなければならない。
2016.03.08 お久しぶりね

年末よりしばらく行けていなかった、関西有志の演説会に参加してきた。同志同憂とじっくり懇談し、思いがけない再会や出会いにも恵まれ、ご無沙汰なりに色々変化があるもんだなぁと実感。
約三ヶ月ぶりに演説もさせていただいたが、折悪しく喉の調子がすこぶる悪い…日頃の健康は大切だなぁとも実感(この後、声が完全に出なくなってしまい、現在急いで治療中…)。

それにしても毎月こういう形で演説していると、本当に色んなことが起こると思う。しかも大阪駅前の一等地だから、なおさら人の移動も多い。多いからこそ、それだけ出会いもトラブルもある。そうしたことがあっても、自分の思念を誰かに伝えたい一心で、開催を続け、場所を守っておられる先輩同志同憂の努力には、敬服しきりです。

そういえば同日、SEALDS Kansaiのデモが御堂筋で行われたそうだ。主催者発表によれば、参加者は1500名(!)だったという。エネルギーあるなぁ。
主張は違っていても、街頭はやかましい方がいい。静かなのもいいにはいいが、無音・無味無臭・無表情な街並よりも、混沌とした街の方が私は人間くさくて魅力的に思う。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。