上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

今年末は運動へは参加できなかった。来年は公私ともにさらにバタバタしそうな予感もあるのだが、そういう時こそ時間のやりくりや要領の良さが求められてこよう。私にとってもっとも苦手な作業で、そこを「うまく」振る舞える人は、本当に尊敬してしまう。情けないなぁと思いつつも、そういう環境に追い込まないとなじむこともないだろうし、良い機会だと捉え直している。

そんなことを思いながら、先週土曜日同憂の士による演説会を拝聴した。寒さ忘れるほどの熱意溢れる演説、聴き入りました。来年も、たまに聴きに行こう。
スポンサーサイト
2015.12.23 奉祝 天長節
天皇陛下の御誕生を国民一同心より御奉祝申し上げ 皇室の益々の御発展を御祈念申し上げます


二六七五年師走二十三日
大東亜青年倶楽部
天皇誕生日〈天長節〉を日本國民挙って御祝いしましょう。
天皇陛下の存在は私達日本人だけが持つ事のできる誇りであります。
日本人、日本國民、特に民族派なら『天皇陛下』の御誕生日を心から奉祝するのが本道だと捉え最良の風姿である『奉祝行進』を行います。
老若男女何人問わず皆々様の御協力、御参加 宜しく御願い申し上げます。
天長節奉祝関西行動(後援 関西維新の会)

[時 間]
平成27年12月23日「天皇誕生日〈天長節〉」(水曜日)午後1時30分 受付開催
  午後2時30分 奉祝行進出発
[集合場所]
大阪市西区・新町北公園(雨天決行)
[服 装]
自由【正装、隊服 等】
[持 参]
自由【団体旗、国旗、幟(奉祝の幟)、ハンドマイク等持込歓迎】
[行進順路]
新町北公園→御堂筋→南下→難波西(流れ解散)
[御連絡]
当日、雨の場合は、各自雨具(白または透明)持参で御願いします。
[注意事項]
駐車場が確保されておりませんので、各自で駐車場の確保を御願い致します。
今年も、天長節に合わせて関西の有志による奉祝行進が行われる。残念ながら、私はその日所用アリで神戸にいる。同志同憂の行進完遂をお祈り申し上げる。

さてその同日、どうにも理解に苦しむ催しも行われるそうだ…。国の慶事なんだから、そこは皆でお祝いしたらいいのに。

【天皇誕生日祝賀反対12・23大阪集会 】
G7首脳の伊勢神宮参拝を画策する安倍弾劾
12月23日13時半~エルおおさか 集会後デモ
「G7サミットと伊勢神宮」(仮題)

こういう趣旨なのだそうだが、天長節反対は、彼ら左翼の常套の理屈として我々の耳にも(悪い意味で)なじんでいるが、それと同時に「G7首脳の伊勢神宮参拝を画策する安倍弾劾」も行うというのがよく分からない。というより、むしろこの糾弾は、我々陣営の課題だろう。G7などという外つ国の連中に、神聖なる神都の地を穢させてはならないのは自明のところ。そして、彼らを誘い込むことに何の躊躇もない安倍を糾弾するのも、我々民族派の仕事である。この催しを行おうとしている、左翼の人々は、一体どういう理屈で「安倍弾劾」をするのだろう?外国の首脳に、伊勢神宮を参拝させようとする(=天皇陛下へ跪かせようとする?)安倍を非難するということ?彼らなりの理屈があるのだろうけど、よしんばそういう発想だったとしても、やっぱり理解に苦しむなぁ…。こういう屈折した趣旨の催しは敬遠だ(苦笑)。
2015.12.16 LGBT
昨今、LGBTという言葉が盛んに使われている。いわゆる、性的少数者のことを指す用語らしいが、本来世間には色んな人間がいるのはごく当たり前のこと。ようやく、世間が彼らをきちんと理解しようとしているのだろう(あくまで、性的志向に自覚的な彼らに限って、ではあるが)。
しかし、この言葉を濫用するあまり、彼ら自身で「生き方」の枠を狭めてしまわないか、そこがやや気になる。
たとえば、「女性専用車両」は定着して久しい。本来は痴漢被害の予防のために導入されたものだったが、女性たちはその予防のために自らを「隔離」させてしまったと見ることもできる。性犯罪に走ってしまう一部の男性へのプログラムは、同時並行でなされたかといえば、ほとんどされなかった。色んな人間が集う公共空間で、「無菌室」を設けたつもりが、かえってその特殊性を強め新たな差別を生み出しはしないか。日本は、善くも悪くも「村社会」だし、同一化・均質化を好む傾向が強い。その日本で、本当に「誰もが輝ける明るい社会」を築けているのか、甚だ疑わしい。

そう考えてみれば、右翼・左翼という「政治に自覚的な人種」も、社会的には少数派に違いない。これまでも、右翼と左翼間でも政敵少数者ではあるけれども(笑)、対話の場がもたれたように、同じ社会的少数者として、私たちにもLGBTのことを考える機会があってもいいだろう。
本日、70年目の大東亜戦争開戦の大詔奉戴日である。
いわゆる、「戦後70年」と銘打たれた本年、かの戦争を振り返る企画がいくつも登場した。その中で、開戦に関して特別に回顧しようとする試みは少ないようだ。
「敗戦」は、今に続く体制の基礎となった出来事だから振り返る価値があるが、「開戦」については世間はどのように考えているのだろう。もちろん一部の国民の間では、「きちんと継承しよう」という試みもなされているが、現代社会はとうに忘却しているかのようだ。
大東亜戦争の開戦は、結果的に我が国の敗北で決着した。そして、日本は敗北の日から、開戦に至るプロセスやそれに関わる政策・文化をすべて否定することによって、「戦後体制」を維持しえてきた。よって、敗戦とそれに続く現体制を論じることは善とされ、開戦までの日本は唾棄すべき存在として隠蔽することでしか、私たちは安心して生きられなくなった。

大東亜戦争を絶対的に正当化するものでもなく、徹底的に誹謗するでもなく…。
「あの戦争」の是非はともかく、まず民族の歴史として「起こった」ことを冷静に見つめられる作業は、いつになったら可能になるのだろうか。

そんなことを考えつつ、散華された御霊に合掌を捧げたい。
今年も、関西の同志が下記の要領で「12・8関西反米集会」を敢行致します。
同志同憂是非ともご参加下さい。



我々が生きている我が国日本。
誰が護り、誰が残してくれたのか?どれだけの国民が考えた事があるのであろうか?
集団的自衛権で国会前で反対の声を上げる若者。
しかしその若者も、先の大戦で特攻として散った若者とは比べものにならず、全く以て大東亜聖戦の意義が理解できていないどころか、神風特別攻撃隊そのものを「恥や無駄死に」でかたずけ、、それを「過ち」とすり替えようとしている。

先の大戦で散った若者は、現在の平和ボケした日本にする為に命を落としたわけではない!!
国を護る事が家族を守る事、未来の子々孫々に素晴らしき日本を残すために自分の意志をもって成し遂げた事、これが大東亜戦争なのである!!
自存自衛の戦い、東亜に於いての解放国際連盟に於いて人種差別撤廃法案を提出、欧米列強であった西洋諸国による植民地解放。
この大義を我々は忘れてはならないのである!!
戦争を美化しているのではない!!この意義と精神を忘れず、感謝するのが日本人のあるべき姿なのである!!

この意義を継承、訴える為にも今年もデモを開催いたします。共感できる同志、この想いを訴えたい皆様の参加をお待ちしております。
場所:大阪市浪速区日本橋東3-2日東公園
日時:平成27年12月6日
集会12時~
デモ13時出発
主催:12・6大東亜戦争の意義を継承せよ!!関西反米実行委員会
水木しげる先生が亡くなった。行年93歳。心よりご冥福を申し上げる。
もっとも、水木先生の場合、こういう別れの言葉は似合わないのかもしれない。
生前も、半ば妖怪と自認して生きてこられた先生は、人間界から本当の妖怪世界へと散歩に出たのだという気がするためだ。
彼の肉体は滅びても、輝かしい作品群は残る。あの苛烈な戦争をくぐり抜けてきた方ならではのメッセージを、私たちが語り継いでいくべきだろう。

昨日、このニュースを目にして一時茫然自失となった。それくらい、私にとって先生は特別な存在だ。
今の現役世代の多くは、大抵一度は「妖怪」がマイブームとなった時期があると思う。私もその一人である。私と先生との「出遇い」も、彼の妖怪図鑑を通じてであった。2シーズン目の「ゲゲゲの鬼太郎」が大人気だった頃、その影響もあってか親にそれを買ってもらったためだ。
幼少の頃、どちらかというと本や絵を描くことが好きだった私にとって、この図鑑は未知なる世界・生物への想像力を養うに十分なテキストだった。霊感が培われることこそなかったが、「目には見えないけれど、なんだか不思議な感覚」を、彼の作品から追体験することは出来た。
その後も、色んな本との出遇いと別れを繰り返したが、なぜか水木先生の作品群については「別れ」がなかった。いつもどこかにその世界が寄り添ってくれていた。

私がのちに、民俗学や「日本的なるもの」に強烈に憧憬し、探究できているのも、幼少期に先生の作品に出遇っていたからではないか…と思わざるを得ない。もちろん、買ってくれた親への感謝が一番だが(笑)。
民族派には、読書好きが多い。影響を受けた作家も多様だろう。ただ、もし私がその質問を受けたら、紛れもなく「水木しげる」と答えるように思う。

今頃はきっと、幽界散歩を楽しんでいることだろう。合掌
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。