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2015.09.11 9.11
本日は9.11。14年前、米国に同時多発テロが勃発、世界情勢が一気に混沌と化した日である。
あの事件による犠牲者に対しては、心より哀悼の意を表したい。しかし、悲劇は悲劇として、ではなぜ米国があのような状態に陥ったのか、そして事件後に世界をいかに混乱の渦に巻き込んだか、をしかと自己批判する必要があろう。
また、国際指定暴力団米国に、いの一番に追随した似非日本も、米国同様に、なぜそこまでしてかの国についていくことを是とするのか、を反省しなければならない。それは、現今安保法案の抱える問題とも通底しよう。

ところで、先日中共が「抗日70周年式典」を挙行し、戦勝国同士で我が国をおとしめたわけだが(ただし、私たちが彼らのこの戦略にむきになってはならないことは、当ブログでも述べた)、以下のニュースによると、どうやら中国の人民は党本部の方針である「反日」「抗日」に、決して忠実ではないらしいことが分かる。

http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20150908-00044729-biz_jbp_j-nb&p=3

要は、党のスローガンによって生活が向上し、飯が食える保証もないために、案外冷めているということらしい。もちろん、この報道ですべて語れるものでもないが、少なくとも10年ほど前までの「反日」ぶりよりはやや控えめになっているようだ。
とはいえ、したたかな中国である。今後も、いつどの時点で「反日」で煽るのか、注視が必要だろう。
米国にせよ、中国にせよ(その他の「戦勝国連合」も)、対日本の外交カードはかなり特殊らしい。使いようによってはカネにもなるし、国民を団結させることもできる。
翻って私たちは、相手からは色んなカラーリングで介入されるのに対し、ほとんど独自のカラーによるカードを切ってこなかったように見える。外国のように敵愾心を煽って商売するでもなく、米国のおこぼれのみによって細々と生きながらえてきた。
では、私たちが独自のカードたりえるのは何か。トランプゲーム大富豪の「革命」よろしく、「反米」=「ジョーカー」を演じることで、米国支配の世界秩序にご破算を願わなくてはならない。
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先日も、梅田での定例演説会に参加してきた。雨に見舞われたが、雨宿りの人が多かったためか、いつもよりギャラリーが多い印象だった。また動画がアップされた際にはご覧いただければ幸いです。「社会の不条理」で検索すると出てきます。

さて、最近『朝日新聞』で気になる人がいる。加藤敦美さんという、御年86歳の方だ。『朝日新聞』には「声欄」という、文字通り読者の声を紹介するコーナーがある。加藤さんは、昨今の安保法案に関連して居ても立ってもいられず、いくつか投書をされてきた。その内容が、読者の心を掴んでいるそうだ。何を隠そう、筆者もこの方の投書に図らずも涙した。
投書の詳細は、ネットでご覧いただければと思うが、この反応をきっかけに、若手の活動家団体「SIELDS」のメンバーとも交流が生まれたのだという。

私は、率直にすばらしい交流ではないかと思った。加藤さんという方も、特攻隊志願兵から、戦後はその反動で左翼に転向された方なのだろうと思う。SIELDSで活躍する学生たちも、党派性ゼロということはないだろう。この出会いを、「左翼同士によるセンチメンタルな交流」と一蹴したり、「反日活動家の三文芝居」と嗤うことは簡単だ。
戦争体験者により語られたことが、若い世代には既にリアリティーを持って受け取られなくなりつつある昨今、一つの政治的トピックを契機にして、戦争体験=「語り部・聞き手」という従来の関係性ではないレベルでの交流が生まれたことは重要だろう。
加藤さんは、デモをする若者に希望を見いだした。「戦友が現代に生まれ変わった」と。学生たちも、おそらく英霊の声を代弁しようなどとは考えてもいなかっただろう。しかし、一通の投書がきっかけとなり彼らをつないだのは、紛れもなくあの戦で犠牲となった同胞の「大義なき戦に巻き込まれるな」という声なき声があったのだろう。やはり、言霊をないがしろにしてはならない。
中国が「抗日70年式典」を開催、首脳レベルでは韓国やロシアなど30国あまり、国連からも潘事務総長が出席しているそうだ。国際的な紛争解決のために設立された国連は、本来どの国からも中立であることが求められよう。その国連の事務総長が出席とは、「また半島がやらかした」と、ホシュの方々は罵声を浴びせるわけだが、別段驚くことでもないだろう。
国連は、その成立過程を見ても、第二次大戦の戦勝国組合の意味合いが強い。その組合長を永年続けている米国は、今般の事務総長の出席についても、「問題なし」とする立場を明確にしている。つまり、今回の抗日式典も、戦勝国による戦勝国のための催しなのだから、その組合の事務長が参加することはむしろ当然なのである。この単純な構図に気づかず「半島人め」と罵っているだけなら、現代日本人の程度が知れるというものだ。

ホシュを自称する人々に問いたい。
世界は、未だに日本をビビっているし、そして嫌っている。日本は形の上では主権を回復したとされているけれども、内実は米国の下請け国家であることは誰が見ても明らかだし、その上国連へは莫大な分担金だけが支払われている。カネだけかもられて、領土問題では何もアクションも起こせず、意味のない謝罪だけが繰り返される…。これでは自信も誇りもあったものではない。にもかかわらず、外圧が迫っているからやはり米国の力が今は必要なのだ、という理屈は、まさに国家ぐるみで「永続敗戦」を選択することにほかならない。これは、確かに戦後体制・永続敗戦を固守するという意味ではホシュ的だろう。だが、これは右翼的なスタンスとは到底言い得ず、それがウヨクと混同される現状は悲劇的だ。
そんなウヨク=ホシュが現代の思潮の大勢を占めつつあり、世界の潮流に対して日和見的な見方を続ける限り、永遠に「イシン」などの実現は不可能であろう。せいぜい、「頑張れ日本」と、送っている対象が分からないエールを連呼するに留まるだけというところか(笑)。
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