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名古屋駅前で乗用車が通行人をはね、10数名が重軽傷を負った事件が起こった。
秋葉原通り魔事件に類似した犯行だが、今後、この手の事件はさらに増加するのではないかと危惧する。

犯行の背景には、家庭内でのトラブルによって鬱屈した感情が爆発してしまったようだが、他者(家族さえも含め)と関われない人の層があまりにも増えてしまっているようだ。現代の病巣は根深い。

問題の根底の一つには、教育があるのだろうと思う。教育といっても、何も学校教育だけを指すのではなく、家庭や遊びを通してなどの、様々な環境の中でのもっと幅広い意味での教育だ。
犯人の成育環境は分からないが、その場その場で良いことも悪いことも経験し合える仲間はいなかったのだろうか。一杯の酒でもつきあい、本音で話の出来る友人や先輩は、全く彼の前に現れなかったのだろうか。それを考えると、ひたすら哀しい。

安易な世代論や精神論をぶつつもりはないし、そんな話で還元できるほど問題は浅はかでないことはよく分かっている。犯行は許しがたいものであるし、贖罪は当然のこととして、こうした犯行がいつどこで起きるかもしれない社会状況と、乱暴な言い方だが、こうした層の「予備軍」を「退役」させられるにはどのようにすれば良いのか、私たちの立場からも対策を考え、発信出来ることはないのだろうか。
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二・二六事件が勃発して78年目を迎えた。
発生の経緯や時代背景などは、すでに多くの人が知るところとなっているが、何よりもこの事件の問題は、戦争への導火線となったという点よりも、皇軍によるクーデターであると、天皇陛下から見なされた点に尽きるだろう。
つまり、場合によっては、皇室を誰よりも奉じていると自認する人間が、事と次第によっては逆賊と見なされることもあるということである。私たちは常に悲劇的な部分を信条的に抱えなければならない運命を持っているのだ。端的な例が、現行憲法をめぐる問題といえるであろう。

こうした逆説的な信念を持たざるを得ないのに、しかしどこまでも頑なに自らの志操に殉じようとする私たち。不条理は自己のうちにこそあることを自覚せねばならない。

ともあれ、この日、あるいはその後刑死された御霊に合掌。


2674年如月26日
大東亜青年倶楽部
『やくざ・右翼取材事始め』(猪野健治著、平凡社、平成26年2月刊行、1,800円、http://www.heibonsha.co.jp/book/b165235.html)

やくざ・右翼関係取材・執筆の第一人者である猪野健治氏による、初めての回顧録が登場した。猪野氏の筆力・識見に敬意を表する者として、待望の一書となった。


猪野氏は昭和8年(1933)滋賀県出身、高校生の頃から、労働運動に打ち込んだり、新聞を独自に発行してきたりと、早くから社会や政治の動きに対して触角を張ってきた、早熟な青年期であったようだ(もっとも、早熟という印象は、政治に対して疎い現代人である私ならではの感覚であり、猪野氏の世代からすれば、さらに激しく社会にコミットしていた同志がいたことだろう)。
実は、猪野氏の一連の著作では、何故彼がここまでやくざに肉薄し、こだわりを持ち続けてきたのかが謎であった。その根底には、青年期の労働運動・ミニコミ誌を通じて、社会の底辺に位置づけられざるを得なかった人々の姿に、否が応でも耳目を接さなければならなかった悲しみや怒りが、後のやくざ取材・執筆へと向かわせたのであろう。
そうした早い時期の経験が、猪野氏の人生を決定づけたことは疑いない。

成人後は、東京に出て出版社で雑誌編集・制作(といっても、大手のものではなく、今で言うブラックジャーナリズムに近い媒体であったようだ)の縁が出来、その仕事を通じて幅広い人脈を築いていく。そこで出会う人々の名前が錚々たる名前ばかりで驚かされる。彼らと縁を結べたのは、猪野氏の人柄もあったことだろうが、どことなく大らかな時代の空気をも感じた。

それらの人脈のうち、彼の執筆の軸ともなっていくジャンルが、右翼とやくざであった。最初は、右翼世界の重鎮たちに取材を続けたようだが、何故左翼ではなかったのだろうか。もっとも、労働運動との関わりから、左翼の理想と現実は既に分かっていたはずだが、右翼・やくざ取材へ向かったのはいささか反動的とも見えなくもない。しかし、彼は簡単にその動機を語ってみせるのだ。「やくざに直接会って取材しようなどと考える 物好きな書き手は、そのころは全くいなかった」と。
この一言からも分かるように、氏は徹底的に人間を見、話し、そして出会った人物たちを通してうかがえる社会的・文化的背景をえぐり出すに天性の才能を持っていた。

また、彼のこうした関心のもう一つの根幹に差別の問題がある。結局、やくざを生み出す社会的背景には、人間
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徳仁親王殿下ご生誕を、国民一同心よりお慶び申し上げます。



2674年如月23日

大東亜青年倶楽部一同
2014.02.22 絶望的な日
本日は竹島の日である。
全国的に、民間有志による返還行動が展開されていることだろう。

毎年思うことだが、日本人は領土意識に疎い。そもそも政府にそうした意識がないのだから、国民間での共有などさらに無理なのだろう。
具体的な、日韓双方に納得できる解決方法も見いだせず、きっとこのままだと来年も同じような返還行動を余儀なくされる。政府が音頭を取って、主体的に返還に向けて動き出す日は、もう来ないのだろうか。

政府や国民の中に、赤尾敏氏のように、「いっそ爆破してしまえ!」と叫ぶ勇気もなく、ただの遠い島のもめ事として傍観者的態度に徹するなら、今日のもう一つの記念日である「猫の日」をひたすら楽しんでおけば良い。

最近どこを見渡しても、「~ハラ」という言葉が目につく。いわゆる「○○○ハラスメント」の略称だが、とかく「○○○的嫌がらせ」の多い社会である。
思いつくまま挙げてみると、セクハラ・パワハラ・アルハラ・アカハラ・マタハラ・パタハラ…まだ他にもあるのかもしれない。
前3つの言葉は、耳なじみもあるだろう。あとの3つは、「研究者間での嫌がらせ」「育休女性への嫌がらせ」「育休男性への嫌がらせ」なのだそうだ。
しかも、どの言葉にも共通しているのは、人間関係に絡んだやっかみや嫉妬や羨望が一緒くたになって、やや社会的に不利な人に対して投げかけられている点だ。
しかし、こう書くと、いかにも上位の立場の者による嫌みに取れるが、問題は受け手の側が、何気なく相手が発した言葉に対して「ハラスメントだ!」と主張し、「何気ない言葉でも、こちらは嫌がらせと同義の言葉として受け取った」として、言葉を発した側への同調圧力となる一面があることもまた厄介だ。

ハラスメントに取れる言葉を発する側も、受け取る側も、言語化されるには様々な環境があることだろう。また、頭ごなしに、あからさまな言葉で、被害が想定されるような形での表現は言語道断だ。
ただ、少し前までは、「お節介」という日本独特の精神文化が、そうした薄暗い感情を大なり小なり希釈していたようにも思う。そうしたある種の思いやりすらも、「めんどくさい」ものとして捨て去られようとしている今日、「嫌がらせ認定」を互いにし続けることで精神の均衡を辛うじて保っている私たちの目は、無意識的に殺気立ったものになっているに違いない。
紀元節奉祝参拝行動御案内
 謹啓 寒冷の候、貴団体に於かれましては、益々御活躍のことと拝察し大慶に存じます。平素は格別の御高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
 扨、来る二月十一日『紀元節』に、恒例の奉祝合同参拝を行う予定でありますが、従来通りの参拝行動では無く、現行の「建国記念の日」を正統の「紀元節」と復称し、この祭日を政府主催の国家行事として奉祝するように啓発行動の一環として早朝合同参拝を行い、午後から大阪市内にて奉祝示威行進を計画しておりますので、御理解と御協力を賜れば幸いで御座います。
謹白

【午前の奉祝参拝行動】
[日時]平成二十六年二月十一日(火)
午前八時までに橿原神宮に集合、八時参拝行動開始。
[集合場所]橿原神宮正面駐車場
[服装]正装(隊服可)
国旗、各団体の社旗・団体旗を持参の事。


【午後の奉祝示威行進】
[日時]平成二十六年二月十一日(火)午後二時集会開始。
[集合場所]大阪市西区・新町北公園
(四ツ橋筋・新町1南交差点西→一つ目信号北)
[服装]正装(隊服可)
国旗、各団体の社旗・団体旗を持参の事。

主催 紀元節復興関西行動
2014.02.11 奉祝 紀元節


本年も、つつがなく御建国の佳節を迎えられたことに、日本国民として深く感謝申し上げます。

2674年如月11日
大東亜青年倶楽部
本日はいわゆる政府主導による「北方領土の日」である。日本にとっての北方領土の日は、紛れもなく8月9日であり、民族的屈辱を今なお味わわされていることを忘れず、北方領土返還と真の日露友好を実現しなければならない。
民間レベルで叫び続けるのではなく、日本政府がこの認識に立ち返らない限り、いつまでも日露関係は曖昧な外交関係に終始するだろう。
拉致問題にせよ領土問題にせよ基地問題にせよ、外国との曖昧な関係を、「それで良し」とはぐらかしてきたことが、どれほど国民を落胆、失望させてきたか、日本政府はしかと自己批判しなければならない。
先日、ある寺に散歩に行ったとき、寺の門にあるポスターが貼ってあった。見ればそれは、「宗教者九条の会」のものだった。きっとこのお寺の方も、この会の趣旨に賛同しておられるのだろう。私たちとは憲法に対する立場は異なるが、自分たちの信じる思いを伝えようとされる努力には敬意を表したい。
しばらく気になってそのポスターを見ていると、数名ではあるが、神道の方も加わっておられた。
大抵この集まりには、真宗かキリスト教の方で占められるのが特徴的だが、神道者の方も少ないながら参加されているのには驚いた。
神道が自民党とほぼ一緒くたで見られ、語られる昨今、護憲の神道者がいても全くおかしくはない。

そもそも、自民党の票田として神政連があること自体、憂えることだし、ホシュ政党として、党是の一つでさえ完遂できたことのない自民党の肩を持つようなことは、それこそ日本的なるものへの裏切りに荷担していると言っては口が過ぎるだろうか。

神道は日本民族特有の宗教である。これについては誰も異論はないだろう。そして現行憲法は先帝陛下の御名御璽の下、国民に下付された。この認識に基づくなら、ある意味神道者こそ護憲を唱える価値があろうし、自民と足並みを揃えるようなことは恥ずべきであるとも言える。

自民党は、自主憲法制定を党是としている。その「自主」の概念が、戦後体制に乗っかったままの、米国翻訳憲法の上書きを意味しつつある現在、神道が正に発揮しなければならないのは、そうした似非自主、似非保守なるものを否定し、真正なる護憲に立ち返ることではないだろうか。それは、現行憲法の制約下で、真の自主憲法、すなわち明治憲法の復元改正への道筋を彼ら自身がつけることである。
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