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『お手軽愛国主義を斬る』(木村三浩著、300ページ、1,900円(税別)、平成25年12月刊行、発行:彩流社、http://www.sairyusha.co.jp/bd/isbn978-4-7791-1951-4.html
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一水会の代表としてつとに知られる木村三浩氏の新刊が出た。彼は現在、猪瀬前知事の献金問題で追及されているが、こんな些末な問題で騒ぎ立てるマスコミや政界の白々しさにはほとほと吐き気を催す。次の都知事候補達も、またぞろ金がらみで癖のある輩ばかりだ。他府県の人間がとやかく言う資格はないが、少なくとも日本の腐食を進ませ、「米国日本州東京事務所代表」でへーキな面をしていられる人間には当選していただきたくない。

さて、前置きが長くなってしまったが、本書は、木村氏がここ10数年の間に様々な媒体で発信してきた原稿や対談をまとめたものである。しかし、何故ここにきて木村氏の提言が公刊されたのか。
去年ほどではないが、ヘイトスピーチが一時期問題となった。そこに見られるのは、ヘイスピに反対する立場も含めて、偏狭で想像力を欠いた「政治信条」のみが独断先行し、互いに罵声を浴びせるだけという寒い現場だった。左右の立場にかかわらず、現状に危機感を持ち、変革の道を求め歩くのが政治運動の肝であろうと思うが、ここ数年のブームとしての「愛国」「しばき」には、革新への意志も、相手への共感もまるでないのだった。
ならば、右翼とは何なのか。
木村氏の強烈な問題意識はそこにある。

木村氏は、現在の日本の置かれた状況について、与党によるTPPや秘密保護法案、改憲をめぐって、このままでは恒久的に米国の管理下に身を置くことになる、と警鐘を鳴らす。日本的右翼は、その源流からして欧州のそれとは異質である。しかし、通底しているのは民族的主体の自覚と、その精神の継承にある。
戦後、日本は歴史そのものが大きく転換した。これまで先輩達が培ってきた風土や文化を、GHQと米国はまるごと否定した。しかし、日本人は結果的にそれを受け入れ、したたかに成長を続けた。その成長と繁栄の裏で、日本的なるものを置き去りにしてしまった、その恢復が急務である、とするのが私たちの年来の主張だ。
ところが木村氏は、旅先の国々で、日本的な精神や価値は、むしろ海外にこそ残っているのではないか、と気づく。野村秋介氏も語ったように、「外から日本を見つめ直す」ことにより、私たちに欠けているもの、あるいは外に残っているものが見えてくるのだろう。大陸浪人の時代の再来を期したい。

本書では、鳩山元首相や、前田日明氏との対談録も収載されている。どちらも読み応えがあり、鳩山氏の尖閣への思いや前田氏の日本と韓国への感情もよく分かった。また、一水会の世界観も改めて伝わってきた。

ところが、本書のタイトルにもあるように、これを読んだからといって、「共感するところが多かったから自分も右翼だ!」とか「これなら自分にも人に語れるぞ!」などと早合点してはいけない。これらの言葉は木村氏の長年の苦悩の末に紡ぎ出されたものでもあるはずで、私たちは、本書を踏まえて政治に、状況に対してどのように振る舞えるのか、を静かに考えなければならない。右翼の考えがよく分かる入門書としてもよく出来ているだけに、決して「お手軽」に理解したつもりになってはいけないのである。氏の問いかけは重い。
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昨日行われた名護市長選挙で、辺野古基地埋立反対を掲げた稲嶺進氏が再選された。大変喜ばしい快挙であり、心から祝意を表したい。次点候補者と僅差ではあれ、市民・県民の意識として米軍基地問題に対して改めてNOを突きつけた格好となった。
歴代の政権と沖縄県知事が、米軍基地のこととなると途端に及び腰になってしまうことへの積年のいらだちも今回の結果につながったように思う。

ただ、この結果を受けても、恐らく政府や県は埋め立て、基地移設を強行するだろう。政治は民意を承けた者が携わるものではある。移設の強行は、名護市民や沖縄県民の民意に対する甚だしい侮辱でしかなく、我が物顔で国政を食い物にする自民党への民意のみが優先される社会など絶対に容認してはならない。

基地問題について、よく国内では「米軍基地を手放すと、中共に攻め込まれる」とか、果ては「沖縄は左翼活動家の巣窟だ」といった、聞くに堪えない声まで聞こえてくる。しかし、仮にそういう一面があったにせよ、我が家のそばに米軍機が航行し、米兵による暴行事件も相変わらず続発している中、もっとも自らの生活に即して政治を考えている(考えさせられている、といった方が実態に近いのかもしれない)県民に対し、そんな罵声はよもや口には出せまい。こんな低次元の声しか出せない本土の人間の方が、よほどヘーワボケした、想像力のかけらもない似非日本人であるといっても過言ではない。

米軍基地の問題は、もはや沖縄のみに押しつけておけば済む問題ではなくなった。
この結果を受けて、今こそ日本全体で米軍との関係を見直す機会とするべきではないか。政府と県にとっても、米国の顔色伺いしか出来なかった根性を直すきっかけにしていただきたい。政府が「強い日本」を目指すなら、まずはここから始めてみてはいかがだろうか。
2014.01.17 阪神大震災忌
今から19年前、心ならずも阪神大震災によって命を落とされた数多の御霊に対し、改めてご冥福をお祈り申し上げます。

2674年睦月17日
大東亜青年倶楽部一同
やしきたかじんさんが逝去した。心よりご冥福をお祈り申し上げたい。年明けから、海原しおりさん、桂春駒さんなど、関西の芸能人の訃報が続いていただけに、なおのことショックが大きい。

彼の生き様、考え、歌に影響された関西人は、大変多いことだろう。文化人のみならず、政治的なフィクサーとしても抜群の影響力を発揮したところは、ビートたけしと双璧であった。
しかし、なんと言っても、たかじんさんの最大の凄みは、東京への対抗意識であった。生放送の番組はぶちこわし、紅白などもくそ食らえの姿勢は、東京一極集中に対して、今ひとつパッとしなくなったと言われている関西人の溜飲を下げたものだ。ある意味、関西の文化を背負って生きていた。
もともとは、関西こそ文化の中心地であった。時代の変遷とともに、東京にすべてが集中するようになってから、関西の地盤沈下は年中言われ続けるようになった。しかし、日本の文化の粋は、関西にこそある。たかじんさんがそれを意識していたかどうかは分からない。ただ、紛れもなく彼の生き様は、関西の文化精神を体現していたように思う。

たかじんさんの遺産・遺伝子は大きい。彼と同じ行動、生き方を出来る人物は現れることはないかもしれない。ただ、彼の跡を追いかけることは出来る。彼の死は誠に悲しいことではあるが、ここで関西の文化力がしぼんでしまっては、彼も浮かばれない。

しばらくは悲しみに暮れる日が続くだろう。しかし、東京に、体制に向こうを張って挑み続ける姿勢は、私たちも持ち続けたいと思う。
2014.01.05 初演説会

今日は、新年初の「社会の不条理を糺す会」の演説会が行われました。

今年も、改めて警鐘を鳴らし続ける年となりそうです。

2014.01.03 常在戦場
何とか無事に今年も明けたわけだが、色々ネットを見ていると、年末年始関係なく、ブログなりサイトをアップされている先輩同志諸兄がおられる。常在戦場を実感する。

左様、年明けで祝うムードも善いことだとは思うが、反面元旦から働き詰めの方もいる。
働いている方も、休まれている方も、共に年始のハレの空間を楽しまれていることと思う。
双方が日の本より照らし出され、共に切磋琢磨して進んで行きたい。どんな立場に身を置いている方であれ、生きがいを持つきっかけになるような一年になればと思う。
明けましておめでとうございます。

本年も、当部ブログへのご支援、ご指導の程、何卒宜敷お願い申し上げます。

2674年睦月元旦

大東亜青年倶楽部一同
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