上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
「皇室を敬戴すべし」
「本国を愛重すべし」
「人民の権利を固守すべし」

言わずとしれた、玄洋社の綱領である。
国家主義に関心のある方なら、誰でも一度は目にしたことがあるはずだ。これほどにシンプルかつストレートに日本のあり得べき姿を訴え、しかも今もなお胸に響く綱領ってあるだろうか。

ただ、そこにセンチメンタルになるのは多分間違いだろう。格言にしても古典の文言にしても、後生に遺る言葉とは、今に生きる人間の欠陥や本質を衝いたものが多い。古典から人間の智慧を学ぶとき、私たちは人間が完成されていないために反省をする。古人が既に指摘していることを、現代人は何も学んでいないのだ、ということを。

玄洋社の綱領が今なお光り輝いているのは、掲げられた言葉が未だ道半ばのもので、とても達成されたものとは言い難いために強く惹かれるのだろう。
現政権が、国民の目を欺いてまで、日本及び日本的なるものを滅失しようとしている現在、この三つの言葉が示唆するところをよくよくかみしめたい。
スポンサーサイト
『師・野村秋介―回想は逆光の中にあり―』(展転社、平成25年10月刊、定価2,000円、231ページ)
http://www.amazon.co.jp/%E5%B8%AB%E3%83%BB%E9%87%8E%E6%9D%91%E7%A7%8B%E4%BB%8B%E2%80%95%E5%9B%9E%E6%83%B3%E3%81%AF%E9%80%86%E5%85%89%E3%81%AE%E4%B8%AD%E3%81%AB%E3%81%82%E3%82%8A-%E8%9C%B7%E5%B7%9D-%E6%AD%A3%E5%A4%A7/dp/4886563929

かつて、野村秋介氏という民族派の運動家がいた。民族派運動に携わっていれば、知らない者はないといわれるほど突出した行動力と思想を持っていた。
筆者も、もちろん名前は知っている。しかし、その謦咳に接したこともなければ、彼のような生き方ができるはずもない身であってみれば、その実像は、仮に知り得たとしても、どことなくおぼろげにしか残らない。野村氏にはそんな印象を持っている。

本書は、彼の最大の門下生であった、蜷川正大氏による、野村氏の回顧録である。朝日新聞社で自決するまでのいきさつから、野村氏との世界中の旅の回想を綴り、最後はいわゆる「赤報隊事件」への蜷川氏なりの分析と総括で締めくくられている。

野村氏には、不思議な魅力を感じさせる何かがあったようだ。たとえば、世界の片隅で古くからの知己と出会い、あるいは旅先のポン引きの飲み屋でも歓待されたりと、言葉は通じなくとも人を惹き付けられる天性の磁力を持っていたのだろう。そして、折々に詠われる俳句。繊細な詩情が、読者をして一瞬に句の情景へ引き込んでいく。
自決の寸前まで、葛藤し、生ききった人生。言いっ放し、やりっ放しではなく、努めて自身の言葉に忠実に生ききった人間。野村氏の言葉や行動が、今なお多くの人々を惹き付けてやまない理由はそこにあるのではないか。

今、どの世界を見ても小粒な人が増えた、とよく言われる。私も、間違いなく小粒なスケールで生きている一人だ。「世間様」を度外視してまで考え、行動し、死ぬ。誰でも出来ることではない。ただし、戦後日本という「世間」の枠から一歩踏み出したとき、世界から日本を客観視し、浪漫的な生のきっかけが出来てくる。野村氏が実地で蜷川氏に教えたこと、それは「悠久なる日本に生きろ」ということに尽きるのではないか。誰もが同じような生き方は出来ない。ただ、必ずいつか現れる。それは、本書の読者の中からかもしれない。蜷川氏の本書に託した想いが垣間見られる気がした。

しかし、読後もやはり、私にはその存在はおぼろげで、遠いところにいる。左様、もう野村秋介という人間が、現実には現れ得ない空間に、私が生きているからだ。
逆光の中にさえ、彼を回想するすべを持たない、私たち若い世代の指針となることが、本書には出来るのだろうか。重い宿題を抱えることになりそうだ。
村山談話を継承するためのシンポジウムが、大阪にて以下の日程で開催される。「村山談話」と、それに続く「河野談話」は、今さら説明するまでもなく、戦前の日本が、「東亜諸国へ植民地支配を強い、蹂躙した」と断定し、「痛烈なるお詫びと補償」を国家として宣言した談話である。

歴史観は、人や国によって様々であることはいうまでもない。ところが、大日本帝国が一方的に東亜諸国を虐げ、戦時中も悪いことしかしてこなかった、とする一面的な歴史観を、日本国として表明してしまったところに、この談話の最大の問題点がある。つまり、戦後に生きる私たちは、悪いことしかしなかった人々を先祖とし、半永久的に東亜諸国にまともに顔向けができない、と政府が規定してしまったのであった。私たちだけではなく、世界にとっても悲劇的な談話である。
歴史観とは、時の政府が好き勝手に規定して良いものなのか。そんな傲慢がまかり通るのはおかしい。歴史に対し色々な見方がありながらも、大切なのは今を生きる私たちが、過去に対して卑屈になってはならないことだろう。

当日、会場周辺は混乱が予想されている。しかし、「村山・河野談話」に代わる「安倍談話」が策定されようとしている今、私たちが本当に怒らなければならないのは、時の政府のスタンスによっていかようにも書き換えられるご都合主義的な体制を批判し、さらには、「村山・河野談話」の策定の素地を作った自民党にこそNOを突きつけなければならない。自民党こそ、輝ける国史に対する重大な挑戦者である。本当に指弾するべき対象を見誤るべきではない。

【日時】11月23日(土)午後1時~午後4時30分

【場所】クレオ大阪東ホール(大阪市城東区鴫野西2-1-21)

【出演】村山富市元内閣総理大臣、河野洋平元衆院議長(未定)

【主催】東アジア青年交流プロジェクト

【協賛】市民社会フォーラム、日本軍「慰安婦」問題関西ネットワーク、朝鮮学校無償化を求める連絡会・大阪、アイ女性会議・大阪、緑の大阪
11月5~6日は、大東亜会議開催70周年の節目であった。大東亜会議とは、昭和19年に開催された、日本を中心とする大東亜各国による国際会議であり、会議参加者の全てが有色人種のみで構成された初めての会議だった。
戦後、様々な形で批判の対象となったが、日本を中心とする働きかけによって、白色文明の植民地ばかりであったアジア諸国が次々と独立を果たし、アジア=西洋に遅れた低い文明社会というネガティブな印象を、自らの手によって克服していったことは、アジア世界として誇るべき事実である。

以下に、「大東亜共同宣言」を掲示し、現在を生きる私たちへの戒めとしたい。

「大東亜共同宣言」
抑々世界各國ガ各其ノ所ヲ得相扶ケテ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ世界平和確立ノ根本要義ナリ。然ルニ米英ハ自國ノ繁榮ノ爲ニハ他國家他民族ヲ抑壓シ特ニ大東亞ニ對シテハ飽クナキ侵略搾取ヲ行ヒ大東亞隷屬化ノ野望ヲ逞ウシ遂ニハ大東亞ノ安定ヲ根柢ヨリ覆サントセリ大東亞戰爭ノ原因茲ニ存ス。大東亞各國ハ相提携シテ大東亞戰爭ヲ完遂シ大東亞ヲ米英ノ桎梏ヨリ解放シテ其ノ自存自衞ヲ全ウシ左ノ綱領ニ基キ大東亞ヲ建設シ以テ世界平和ノ確立ニ寄與センコトヲ期ス。

●大東亞各國ハ協同シテ大東亞ノ安定ヲ確保シ道義ニ基ク共存共榮ノ秩序ヲ建設ス
●大東亞各國ハ相互ニ自主獨立ヲ尊重シ互助敦睦ノ實ヲ擧ゲ大東亞ノ親和ヲ確立ス
●大東亞各國ハ相互ニ其ノ傳統ヲ尊重シ各民族ノ創造性ヲ伸暢シ大東亞ノ文化ヲ昂揚ス
●大東亞各國ハ互惠ノ下緊密ニ提携シ其ノ經濟發展ヲ圖リ大東亞ノ繁榮ヲ増進ス
●大東亞各國ハ萬邦トノ交誼ヲ篤ウシ人種的差別ヲ撤廢シ普ク文化ヲ交流シ進ンデ資源ヲ開放シ以テ世界ノ進運ニ貢獻ス

明治節と同じ日、「社会の不条理を糺す会」大阪の定例演説会に参加しました。
雨の中、二時間に渡り、同志同憂が思い思いに時局問題を訴えました。

何分繁華街での演説会、たまにチャチャを入れる方がいらっしゃいますが、ちょっとの間、ご勘弁下さいね。
2013.11.03 奉祝 明治節
明治大帝の御代を謹んで御奉祝申し上げ、近代日本の来し方をしのび、混迷する現代の指針としたいものです。


2673年霜月3日
大東亜青年倶楽部一同
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。