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2010.06.30 大祓い
今日は水無月晦日。今年も半年を切った。早いものである。
今日は、全国各地の神社で、「夏越しの大祓え」という神事が行われる。
茅の輪という大きな輪を、三周くぐり抜け、無病息災を祈念する。
これをくぐり抜けることによって、今までの穢れを祓い清め、新たな命を体内に取り入れる。
シンプルだが、民衆の知恵が凝縮された面白い行事である。
行事は大抵、夕方から行われる。皆さんも、仕事上がりにくぐってみてはいかがだろうか?

祓い清めといえば、現体制も徹底的にそのようにせねばならない時にきている。
それは、選挙や政権交代などといった、どこかの国がやっているような安っぽい方法ではいけない。
四宮正貴氏の言葉を借りれば、「復古即革新」即ち「維新」によってこそ、祓い清められなければならない。
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参議院議員選挙が告示された。約2週間、全国各地の候補者が、それぞれの主張を掲げて議員バッヂというオモチャ目掛けて戦う壮絶な運動会が展開される。
このバッヂを手に入れると、金も名誉も思いのままだ。候補者にとっては、とてもデカイ山なのである。
しかし、この運動会には国民という名の応援団が必要だ。
個人もいれば団体もあり、候補者にとっては彼らをいかに騙し、取り込むかが焦点になる。
そして、騙された応援団は、運動会最終日、投票券に応援する候補者の名前を書き、レースを楽しむ。
翌朝には、大体の結果が判明。一等(場合によっては三等まで)になった候補者は、見事バッヂのプレゼント。
ところが、応援団には何の配当もない。
こうして、またいつもの日常が繰り返される。
この一連の大運動会、全て税金で賄われている。
こんなくだらない国家的茶番劇のために、数年に一度、嫌でも皆付き合わされているのだ。
ある国でのルティーンワークをご紹介しました。
惑星探査機「はやぶさ」が、華々しい成果を上げ、地球に帰還した。帰還といっても、本体は燃え尽きており、実質は探査先で採取された惑星の砂のみの帰還である。
日本人の技術の粋を集めて精をこめて作った、正に日本の愛機。
かの政権では、事業仕分けなどというお祭りで、「日本の科学技術が世界一でなければならないんですか?」などという寝言が大っぴらに伝えられたが、もとより、世界一の技術があったればこその今回のはやぶさ号帰還である。
やはり、世界一でなければならないものはちゃんとあるのだということを、はやぶさ号は身をもって私たちに教えてくれた。
きっと、感動した人は多かったに違いない。
「エンジンの音 轟轟と はやぶさはゆく 雲の果て…」と唄われた精神は、今もなお、私たちの胸の奥底に確かに息づいていたことが証明されたのである。
2010.06.10 本音
菅直人内閣が新たに始まった。外相の任に留まった岡田克也氏は、昨日の記者会見で、沖縄県普天間基地問題について、とんでもない発言をした。
いわく、「沖縄県民の理解がなくとも、米国との合意の元に予算編成をしていく」と。
要は、沖縄県の同胞は基本的には見殺しにするという、自民党政権以来の本音を見事に表明したものといえる。
鳩山前首相の時は、首相本人が「友愛」だのと耳障りの良いことばかりいうために、岡田氏も思うように発言出来なかったのだろう。
ここへきて、本音が飛び出した形だ。
保守陣営も、大半は沖縄県同胞に一方的な犠牲を払わせる論調に終止している。民主党批判はご立派だが、基本線はまるで彼らと同じという部分に気付きもしない。愚かであること極まりない。

私たちは、この皇土から米国を含む、全ての外国勢力に撤収してもらい、我が国国民等しく皆兵であるとの認識から、沖縄県のみに犠牲を強いるような体制には断乎として反対である。

岡田氏の「本音」から、どこまでの国民が、この政権の欺瞞性に気付くだろうか…。
暗憺たる気分になる昨今だ。
2010.06.01 ありえない話
鳩山首相が、今日午前、総理の座を離れる決断を下した。
小沢民主党幹事長もその任を辞するようだ。
あれだけ「政権交代」を喧伝したマスコミは自己批判の1つもせず、早くも後継首班の話題作りに走る始末。
何より、最も責任の思いのは私たち国民である。
自らの目で判断することなく、メディアに流され、いざ辞任となると、また繰り返す不満…。
もうこんなのいい加減にしないか?
今私たちがしなければならないのは、一億総自己批判である。
本当に正しい世界のあり方は何なのか、厳しく考えなければならない。

また、命の「い」の字も大切にしなかった鳩山政権だが、最後に1点だけ讃えたいことがある。それは沖縄の件についてである。
外交そのものの手法については全く評価に値しないし、抗議声明に書いた通りであるが、少なくとも今回の迷走によって、沖縄も本土の国民も一体となって米軍の存在を考える空気は醸成出来た。
そして、遅々とした動きではあるが、米軍及び米国という存在への疑問符もつきはじめた。日本国民が一体となり、この問題について関心を向けたことは大きい。
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